新刊のご案内

『相互扶助のイノベーション』
失われた10年、失意の20年を受けて
混乱したマーケティングを立て直す
〜自動車販売再編期の活力向上のために〜

■事例4:岡山県笠岡市 介護船「夢ウエル丸」(1)(概要版)

〜“海と島は宝”、93年に市の自主事業としてスタート。7つの離島、10カ所の拠点を回り介護サービスを提供〜


〈相互扶助のしくみ〉
  超高齢化が進む諸島部も“町の宝”、陸部と変わらないサービスを提供
〈発想〉
  入浴や娯楽などのデイサービスに参加、高齢者の健康維持と安否確認
〈特徴〉
  介護保険の適用を外れても独自予算でサービスを堅持
〈体制〉
  市長のトップダウンによる開始でも、PDCAにより常に最適化を実現


瀬戸内海と言えば風光明媚、美しい島々の風景をイメージされる人も多いだろう。瀬戸大橋やしまなみ海道を渡ってみると、海に浮かぶたくさんの島々を俯瞰できる。

ここで紹介する岡山県笠岡市は、西は広島県福山市、南は瀬戸内海に浮かぶ高島、白石島、北木島、真鍋島、小飛島、大飛島、六島で構成される笠岡諸島で香川県と接する、瀬戸内海の情景を代表するような都市構造を持つ。

笠岡諸島には大小約30の島々が含まれ、対岸の四国・香川県多度津市との問に飛び石状に点在しており、上記の7島のみ人が居住する。島しょ部を市域に持つ自治体としては、愛媛県松山市に次ぐ全国第2位の規模だという。

笠岡市の総面積は136平方キロメートル、人口は約55,000人(平成21年、2009)だが、笠岡諸島の人口は全島を合わせても約2,700人に過ぎず、同市総人口の5%程度に過ぎない。また笠岡諸島の人口の約8%、200人が要介護認定を受けている(平成20年、2008)。一方、高齢化率は57%に達しており、こちらは全市平均27.7%の倍以上という状況にある。


◆島のニーズは医療・福祉サービスの充実


笠岡諸島(同市ホームページより)

笠岡諸島のピークは昭和30年代で、観光はもちろん地場産業として石材業や除虫菊の栽培が盛んで、当時は1万人を超える人々の生活があった。豊かな自然に恵まれているが、島という地理条件から、交通アクセスのハンデもあり、工業化・大都市への集中等から、若年層の定住が進まず、平成に入ってからも年平均で約200人が島から離れているという。超高齢化社会がすぐそこに迫っているのだ。

瀬戸内海の点在する島々は、単独で固有の自治体を形成する小豆島や旧因島のように、一定の規模と経済基盤がある島、逆でひとつの島に数人・数世帯のみ居住するような小規模の島、そして数百人規模の人口がある島に大別できる。笠岡諸島で人が居住している7島は、この人口数百人規模の島であり、島が単独で事業展開できるほどの余裕はない。笠岡市にとっては個性であり欠かせないもの、市がリーダーシップを発揮して魅力を維持すべきという位置づけにある。

また、「笠岡らしさ」と言えば、市域の大半が陸地部でありながら、海とそこに人々が生活する7つの島があること、すなわち“海や島は宝”という共通認識が市民にあるという。

このような地域事情と市民の意識に支えられ、行政は笠岡諸島に対して積極的な振興策を展開してきた。産業基盤充実のための港湾整備、漁業では海洋牧場事業、石材業では石彫シンポジウムなどのユニークな事業などである。しかし、島民の真のニーズは、高齢化への対応であり、なかでも医療・福祉サービス充実にあった。


◆民間の参入が期待できない中、市長のトップダウンで決定

「夢ウエル丸」( 総トン数99トン、定員80名)は、約1
.9億円をかけて建造、平成5年(1993年)に運航が始まった。当時の渡邊嘉久市長は、八郎潟に次ぐわが国に二番目の規模を持つ、3年300億円を投じて1,081ヘクタールの海面を陸地化した「笠岡湾干拓事業」で陸続きになった神島(こうのしま)出身で、停滞する笠岡諸島の魅力づくりにこだわりを持っていた。なかでも福祉サービスについて、陸地部と同様の提供ができないかと頭を悩ましていたという。そんなとき、厚生省(当時)は、平成元年に「高齢者保健福祉推進10ヵ年戦略」いわゆるゴールドプランを策定、市町村における在宅福祉対策の緊急実施のため、特別養護老人ホーム・デイサービス・ショートステイなどの施設の緊急整備、ホームヘルパーの養成などによる在宅福祉の推進などを掲げた。しかし、笠岡諸島のような地理的条件では、民間参入も期待できず、行政主導では緊急性をカバーできない等の状況から、新たな施設建設は断念せざるを得ない状況であった。施設建設が難しいならば、施設での福祉サービスをなんらかの形で島しょ部に届けられないだろうか。そこで渡邊前市長が考えたのが、各島に福祉をデリバリーする方法であった。

こうしてトップダウンにより、笠岡市の福祉事業として「夢ウエル丸」の事業が決定した。当時のキャッチフレーズが「動くデイサービス船」である。現在の介護保険制度のおけるデイサービスを先取りする、笠岡市独自の福祉サービスとして、全国でも初めての取り組みであった。

「夢ウエル丸」のネーミングだが、Worth(価値ある)、Easy(ゆとりある)、Lusty(活力ある)、Life(生活)の頭文字を組み合わせたもので、笠岡市将来像の基本目標が込められているとの説明だ。

設計にあたって重視したのは、浴槽と階段にある。浴槽は元気な方のための一般浴槽と、寝たきりや身体の不自由な人向けの特殊浴槽を用意した。階段は電動リフト付で、上下の移動が楽になるように配慮している。この他、身体障害者用のトイレ、親睦交流室、リハビリ室などがあり、船内で入浴、給食、リハビリ、生活動作訓練、各種相談・指導などのサービスを提供した。


(右グラフ)笠岡諸島の高齢化状況(笠岡市「ゲンキプラン21-?」より)



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