■長崎 出島復元整備事業・西側5棟が先行オープン

消失した「扇型」の出島、その完全な復元を市民の理解で目指す
環境復元のゴールは、市街地と河川の大規模改修を計画
完成までには、かなりの時間が必要


 産業遺構を集客施設化する場合、「遺構」であるから、何らかの資源を再利用できる。もし遺構が100%スクラップされていれば(するならば)、土地保有者にとっての土地資産有効活用のための開発事業となる。つまり土地再利計画の範疇に含まれるわけで、東京の湾岸地域にある規模工場跡地のように、すべて整地され工場の記憶をデリートしてから、超高層マンションをランドマークとする新しい町づくりが進められる。その際に、遺構に強烈なオリジナリティや限定性があるなら、100%をスクラップしないで現状を生かしながらの施設構成も考えられる。

 ここに消失した町を同じ場所・同じスケールそして同じ機能構成で忠実に復元し、現代に蘇らせようとしる長大な計画がある。長崎市が国の文化財保護の指定を受けて取り組んでいる「出島復元整備計画」である。出島は明治時代に既に長崎市の拡大によってその姿を大きく変え、以来100年、「鎖国時代に唯一の海外に開かれた窓口で、海に突き出た扇状の島」だったことを多くの日本人は教科書で学んだはずである。実際に長崎で「ミニ出島」が元の出島に設置されているのを見たことがある方も多いだろう。復元事業を進める長崎市は、歴史文化の次代への伝承とともに、観光振興にも役立てたいと認めている。ならば、集客性への配慮が必要だ。同市のように、文化遺構が多数現存あるいは復興されている町(原爆によって不幸にも焦土と化したが)、町そのものが観光地であるような場合、名所・旧跡を整備によって、周遊型観光を活性してきた。しかし、周遊観光は、訪ねることに意義を持たれて、その場所の文化認知・記憶は、通説のようなステレオタイプの情報交換で終始するようになった。つまり難しそうに見えることは記憶してはくれないのだ。記憶がなければ、口コミはいつまでも通説に止まる。そうなると、観光行動や意識の変化についていけず、生活者のニーズが見えなくなって、いつしか観光の低迷を招くようになる。戦前からの著名温泉地が衰退に向かう一方で、近年の個人・家族をベースとする観光行動、癒しニーズやコスト意識の高まり等を確実にとらえた温泉地は賑わっている。

 「レジャーパークの最新動向」では:「土地」だけが遺構として残された出島を、その土地にこだわって復元、集客空間化しようとする出島復元整備事業を、集客性についてマーケット・インの視点で評価している。

※誌面の一部を紹介します



「はじめに」へ戻る           「レジャーパークの最新動向」詳細へ

ライン


トップ