“イバラの道”続く「グリュック王国」(3)

2.現在までの経緯 開園3年目から不採算体質に

(1)オープン
 皇族と現地の首長を来賓に盛大な開園祝典

 
バブル全盛の1989年の夏、三笠宮寛仁親王殿下をはじめ、建設された施設と縁のあるドイツの自治体から市長、グリムの子孫などが出席して、開園のテープカットが行われた。このセレモニーからわかるように、地元・帯広の経済界はこぞって「グリュック王国」を支援し、投資もしたのである。好況の追い風と、地元の協力があって、帯広空港に降り立った道外観光客の9割がここに寄っていたという。
 投資額は公表されていないが、建材から工法まで、移築や調達も含め、本物のドイツへのこだわりから、200億円以上はかかったのではないかと想像できる。

(2)ホテル完成とエンターテイメントの導入
「グリムの森」遊園地は集客に寄与

 
バブルは消え、経済は調整局面に入っていた1992年夏、今でもグリュック王国のシンボルとなっている「ビュッケブルグ城」が完成、日本最大級と自慢する15,000号の大天井画がホールに描かれるなど、これもまた驚愕に値する空間創造を目にすることができるようなった。この「ビュッケブルグ城」の中にオープンしたのが67室の豪華「シュロスホテル」である。部屋の家具はすべてイタリアから手作りの特別オーダーで調達するなどの凝りようである。

 一方、大人向けになりすぎたという反省か、文化体験では思ったほどの入込につながらなかったのか、集客強化のため、北海道では競合が少なく、さらに地元・帯広が位置する道東では独占が期待できる、遊園地系の遊具設備を集めた「グリムの森」が加わった。当初は期待に応えて、子供連れの来場の活性化に成功した。

(3)急速な業績低下
 97年以降、入場者は20万人へ急降下

 入込みが70万人を越えたのはオープンから3年後まで。それから、不況の直撃と道内経済の悪化を受けて、急激に業績が悪化した。特に、1997年以降は厳しく、銀行融資もままならず、新規での設備づくり等のてこ入れはまったく行われていない。さらに、本物にこだわった建造物のメンテナンスにも事欠き、衆目を驚かせたビュッケブルグ城の内装も、徐々に輝きを失ってしまった。
 地元紙の報道によれば、1990年すなわち開業の翌年からすでに赤字で、負債は150億円、2000年の入場者数は20万人を切ったという(この事実関係だが、西社長以外は把握されていない)。

オープンセレモニーのようす。(同社資料より)



ビュッケブルグ城の大天井画



「グリムの森」遊園地

(4)施設のテーマの転換
 ハードリソースを舞台にイベント展開

 すでに新規投資は凍結されており、現状のリソーセスを最大限に活用したイベントを核に勝負に出ている。本格的なドイツ文化の再現・体験の提供は、残念ながら人気を得られなかったのが現実である。本物と変わらない構造物空間で、ステレオタイプのドイツ文化を見聞できるといっても、多くの人々にとってテーマそのものの敷居が高すぎたせいか、うまく感動を与えられなかったのである。むしろ、「グリムの森」にある遊園地の方が、集客力と競争力を保持できていた。
 西社長にとっては容認できない結果であったろう。しかし、“グリュック王国は自分の体の一部”(新聞報道より)、自慢の石畳が車椅子や子供に歩きにくいと批判されても、改修には頑として首を縦に振らなかったほどこだわりに燃える事業家が、事業への固執を忘れることは120%ありえない。2001年、集客改善における起死回生を狙い、これまでのドイツの歴史文化体験の本文はそのままとして、表紙と目次を大幅に入れ替えたイベントに取り組んだ。それが「十勝エコ・ヒーリングガーデンフェスト花大祭」である。ここからグリュック王国の施設テーマが、「十勝幸福街道/21世紀のエコ・ミュージアム」に転換されたのである。

○日本版ロマンチック街道の「十勝幸福街道」

 「十勝幸福街道」はオープン時から訴求してきた施設テーマで、要はドイツの「ロマンチック街道」や「メルヘン街道」の十勝地方版、という位置づけである。南北に縦断する2つの国道、南側の広尾〜帯広の国道236号が「十勝ロマンチック街道」、北側の帯広〜足寄の国道241号が「十勝メルヘン街道」に対応する。以前は掲載されていた「シュロスレンタカー」のサービスは、すでに2001年のイベントパンフレットには見当たらない。そういえば、取材に訪れた際にホテル・シュロスのある「ビュケブルグ城」前の駐車場に、放置に近い状態にあったBMWの5シリーズセダンがあった。それがレンタカーに使っていた車両かもしれない。
 さて、レンタカーのかわりに、現在の「十勝幸福街道」の訴求は、「グリュック王国」と、事業主のぜんりんレジャーランド(株)が十勝地方に展開する「芝竹ガーデン・遊華」、「中札内美術館・六花亭」を周遊コースとして位置づけ、2,000円の共通パスポート券で入込増を図ろうという、ドイツを模した「グリュック王国」のコンセプトとはまったく無関係のプロモーションに過ぎない。
 「21世紀のエコ・ミュージアム」については、ドイツと全く無関係ではない。環境先進国といえばドイツ、その徹底ぶりは日本でも多数紹介されている。

 これまで、ドイツ中世の歴史文化や伝統を再現し体験してもらうこと、つまりどちらかといえばドイツの過去の資源を集客訴求に置いていたのだが、前述のように不完全燃焼に終わり、そこで今度はドイツの未来にフォーカスを転じたというわけである。新聞には西社長の意思として、“環境と癒しを重視した新しい観光地に生まれ変わる”との決意が掲載された。これがオーナー企業らしい小回りの利くドラスティックな経営判断の好例だが、施設の根幹にかかわるコンセプトの転換は慎重に行うべしとも言える。ご本人に聞いたわけではないが、そうした声が気になったのか、新生グリュック王国のスタートとなるはずの「十勝エコ・ヒーリングガーデンフェスト花大祭」は、結局のところ、既存の施設機能やサービスはそのままに、エコロジー関連の多数のイベントを加味したような内容に落ち着いてしまっていた。

 このイベントは2001年のシーズンを通して実施されたのが、成果の話をしなければならない。定数的統計は西社長の頭脳にあるようで、我々の取材では明らかにされなかったが、「我が国における、エコロジーをテーマにしたイベントの集客性について述べよ」と質問されたときに、空間通信の読者のみなさんなら、誰もが回答する内容と結果はそう変わらないはずである。



2001年のイベント「花大祭」の案内パンフレット


十勝幸福街道は「ロマンチック街道」と「メルヘン街道」


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