さて、同館でいちばん驚いたのが、お土産類の充実である。入場無料だから、せいぜいリーフレットをもらえる程度だろう・・・と決めつけていたのだが、いい意味で裏切られることになった。
 お土産というより、正確には、記念品と位置づけるべきなのだが、これまで編集部が訪ねた鉄道関連施設で、最も熱心で、また“気が利いた”アイテムも見受けられた。もちろん有料だが、数百円の単位であるから、欲張ってみても財布がすぐに軽くなることはない。購入したアイテムを順に紹介しよう。

(1)来場記念カレンダー(1枚100円)  図9
見学記念として、訪問日と希望する月(2ヶ月分)を印刷したA4サイズのカレンダーをその場で作成してくれる。図柄は、同館の展示風景または展示車の現役時代のモノクロ写真から選択できる。要するに、年に6回くれば、向こう1年分のカレンダーが完成するというわけだ。

(2)オリジナル絵はがき(1枚50円) 図10
展示物をそのまま絵はがきにするのは当たり前。同館では、市電3両、地下鉄100型のそれぞれの展示車両が実際に活躍していた往年のドキュメント写真と現在の展示風景を併せて選べるような工夫をしている。これで展示車両が、“本当に”活躍していたこと、レプリカではなく、実際に名古屋の町に生きていたことがちゃんと実証されている。なかでも3000型と100型は、運転席のショットも加えられるほどの気配りであった。

(3)入館記念バッジ(1枚100円) 図11
ごらんのように展示車一台につき1種類。果たして誰がこれを購入するのだろうか。企画は子供向けというか幼児向けなのであろう。それにしても電車の「顔」はいただけない。正直言って、これらの「顔」には特徴がない。むしろ、3000型のような路面電車には珍しい連接車体や2000型のスカート構造などの特徴的な側面を比較するとか、各形式の活躍当時の景観をモチーフにしたイラストにする等の演出がほしい。

(4)オリジナルシール(1枚150円) 図12
バッジよりシールの方が購入する側の年齢と使い途を問わない分、収入増に寄与するだろう。実はこれらの記念品類の素材に使われているビジュアルはすべて共通、使い回しであるが、行き先表示板と交通局の銘板はこれだけに採用されている。
 実は、これ以外にも名古屋市交通局の施設として、さまざまな記念品や書籍類がショーガラスに展示されていたが、「レトロでんしゃ」のコンセプトを反映したのは目に付く限り以上のような品揃えである。
 以上、まとめて1,350円。公共の施設として、品物の内容と照らし合わせても、十分納得に値する価格設定である。これらの販売は、エントランス前の「事務室」で行われている。なお、本業ではないにしろ、有料のサービスとするならば、これらの陳列について、一度VMDの基礎を学ぶ必要があるだろう。

 しかし、である。これだけ、多種多様な記念品を用意して、来場者の記念と収益確保を図ろうとする気持ちはわからないでもないが、肝心なものが抜けている。それは、オフィシャル・ガイドブックである。「交通局50年史」のような総括論ではなく、ここに飾られた市電と地下鉄の事情に限定した編集によるものだ。展示車両はもちろんであるが、例えば、保存されず魚のデパートとして海中で第二のお勤めを果たすことになった型式はどんなで、どこに沈められ今はどうなっているのかである。また、市電のなくなった道がどのように変貌したかの今昔比較もいい(参考にできる書籍が多い)。もちろん、企画展示コーナーでパネル化された情報、掲示されている写真なども収録する。
 つまり、すでに失われた時代の市電・地下鉄に関するガイドブックであり、現代の視点から見た都市工学入門書的な内容だろうか。もっといえば、「資料検索コーナー」で利用できるデータベースをCD−ROM版として提供するのも一案ではいのだろうか。


図9 来場記念カレンダー



図10 オリジナル絵はがき



図11 入館記念バッチ


図12 オリジナルシール



図13 事務室の陳列状況。
VMDを配慮したい。




 「レトロ」とは路面電車を知らない層に向けてのキャッチフレーズだ。しかし、知っている、あるいは実際に乗っていた体験を持つ人間は、電車そのものへのレトロ感よりも、その電車で都市を移動し、そのモーター音を都市のダイナミズムと感じていた当時の自分を再検証できる時代に感性を持つ。つまり「路面電車」を交通インフラと位置づければ、レトロは車両というハードに限られるかもしれないが、都市の情報インフラであったと見るならば、都市の胎動と変遷、すなわちコミュニケーション空間としての記録にフォーカスが移る。
 それを個人が再整理するのはかなり難しい作業だが、この場所で気づき、そして記憶のアメーバを再結合できれば、それは思わぬ喜びとなる。気づきは、展示されている車両や設備そしてパネルが十分にその役割を果たしている。あとはオフィシャル・ガイドブックのような再結合のためのフックが必要なのである。

【付記】
 同館の見学と同時に、隣接の(というか、レトロでんしゃ館そのものが一部なのであるが)名古屋市交通局の日進工場の見学もできる。希望日の1週間前までの電話予約制(052-801-8693)で、時間は10時または13時から約50分となっている。
 また、関連施設として「市営交通資料センター」(名古屋市中区丸の内3-10-4丸の内会館6階)もある。こちらには車両展示はないが、路面電車・地下鉄車両の保存パーツの展示や交通関係の資料閲覧、列車シミュレーターなどが用意されている。「レトロでんしゃ館」とはスタンプラリーがセットされている。


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