うどんの「わら家」


 四国村を出て、駐車場で我々が止めた位置からちょっと下に位置する場所に、手打ちうどん屋「わら家」がある。施設概要の項で紹介した、いわば四国村の“ルーツ”である。なるほど、藁葺き屋根に水車が回る大きな古い民家を使っている。今まで見てきた四国村の雰囲気そのまま、といった感じである。広い村内を歩き回って小腹も空いたことだし、ここの取材もはずせない、ということにして入ってみた。

 引き戸を開けてびっくり。店内は厨房がいきなり入口から丸見えで、これは東京的な印象かも知れないが、立ち食いそば屋かと思うほどだった。
 その広い厨房、社員食堂か学生食堂としてイメージしてもらった方がピンとくるかもしれない。煌々と蛍光灯が明るく、大きな鍋やら、ざるやら、さまざまな器具類が乱雑に置いてあるのが見えてしまう。
 なんの変哲もない厨房なのに、なぜわざわざオープンキッチンにしているのだろうか?最初から、外観とのギャップに興ざめであった。
 どんな事情があるのかは当然わからないけれど、できれば客から見えないようにしたほうがいいと思う。さすがに食券を自動販売機で買うようなことはなかったが、料金は先払いである。我々はスタンダードに釜揚げうどんを注文した。

「わら家」の外観(リーフレットより)

 客席の方は民芸調になっていて、天井が高く、壁や柱は濃い色に変色していて、よい意味で歴史を感じさせる。平日、それも雨の昼下がりのせいか、3組ほどがテーブルに付いているだけで広い店内はガラガラだった。
 三角巾をしたフロアスタッフ(中年の女性)がゴマやネギ、ショウガのたくさん入った器と、つゆの入った大きなとっくりと、空の器をひとり2つずつ持ってきた。「ひとつは○○○用です」と言ったのだが、なんと言ったのかはっきりと聞き取れない。一つはつゆを入れるとして、もう一つは何に使うんだ?一つはネギを入れるつゆ、もう一つはゴマを入れるつゆか?なんていろいろ言っていたが、店内をぐるりと見回すとセルフサービスの給茶器があり、その前に我々の目の前にあるのと同じ器が山盛りになっていた。そういえばお茶が来ていない。つまり自分でお茶をいれるわけね。
 というわけで、お茶を飲みつつうどんが来るのを待っていたが、これがなかなか来ない。厨房の中のスタッフは全員、気を入れて働いている様子が感じられない。のんびり・ダラダラと片づけをしたりしている。店員同士世間話の花も咲いている。時折大きな鍋をかき回している女性はいたが、あれは我々の分なのかどうかもわからない。混んでいるなら遅くても仕方がないが、こんなに空いているのになんで来ないんだ?短気な編集長がだんだんイライラしてくるのがわかる。困ったなあ。厨房内が見えてしまうのでますますイライラ観が募ってしまうのだった。
 そこで、女性の店員さんに「あとどれくらいかかるの?」と聞いたら「もう少しお待ちくださいねー」と言うが、別に申し訳なさそうな様子もない。結局、我々も含めて4組の客、これで混雑したのでしょう。20分ちょっとたってから(!)、やっと所望した釜揚げうどんがやってきた。つゆは、“いりこだし”が利いていてなかなか美味。麺は私には柔らかめな気がしたが、釜揚げだからこんなものなのかな?レジの脇でおみやげのうどんも売られていて、最初はおいしかったら買っていこう、と言っていたのだが、結局ここでは買わなかった。おいしかったけどうどんを食べるまでにそんな経緯があったため、少し気がそがれてしまったからである。 店内の様子(リーフレットより)

 観光客相手の店だと割り切って、リピートなど期待していないためか、店員の接客応対やサービスは“こんなもの”と割り切っているのだろう。それは大きな間違いである。観光客相手だからこそ、また来ていただけるように味はもちろん、サービスには気を遣う必要性があるわけで、この点はぜひ考慮していただければと思う。
 それは、“自分の店だけ来ればよい”という度量の小さなコンセプトは四国村の文化哲学を冒とくすることになるからである。
 どのようないきさつがあるにしろ、民間会社で、それも集客事業性とはほど遠いところで(失礼)ここまで徹底した運営をされているのは、四国の文化を、建物を通じて今に残し、後世に伝えるという真摯な事業主=加藤会長の哲学があるからこそである。
 四国村には、四国=地域として捉え、考え、語ろうという反映である。ゆえに、“たかがうどん屋の応対”ひとつと侮ってはいけない。来場者にとって、そこでの楽しくすばらしい体験が屋島、高松、そして四国へのリピートにつながるのだ。そのリピートが、四国の文化を各地に伝えていく。それが四国村の情報発信なのである。

                                            (編集部 池上)

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