8.今後のポテンシャルアップに期待


 横浜市電保存館、ここの訪問は大きな収穫であった。路面電車車両の保存それも複数台という規模もまた珍しい。それだけでも価値があると認識していた。ゆえに、“ただ電車が置かれ、インドアで大切に保存されている”だけの空間でも許容するつもりでいた。
 ところが、現実はそうした消極的なコンセプトではない。市電の歴史を再認識することから、郷土史的な資料及び市内鉄道系交通のありようをプレゼンテーションするとともに、鉄道利用の楽しさを趣味的・日常的に認識できるようなアピールが重ねられていた。
 よって、鉄道ファンはそれなりに、ファンでなくても十分に時の経過を意識しない空間となっている。子供連れや高齢者のグループ、いや個人でも、肩の力を抜いて気軽に訪ねて欲しい。
 横浜で遊ぶと言えばみなとみらい21や中華街かもしれないが、それらは東京に同等、いやそれ以上の施設もある。現代の横浜観光を代表する大規模施設には、正直言って“らしさ”を感じない。
 もちろん、この市電保存館には、横浜の生活体験がないと関心そのものが持てないかもしれない。しかし、事業者=情報発信者=公共の立場にすると、地域をありようを知ってもらうのに、社会のあるジャンルをモチーフとしてその歴史をひもときながら、その発展を地域の変化にフィードバックする手法--ここでは交通をテーマとした--には、普遍性があると信じる。ゆえに、土地への執着や、生活体験がなくても、理解を促せるはずである。その意味で、横浜市電保存館は“大化け”するポテンシャルを秘めているだろう。
 実は、同館には、冷房がない。人が集まるような場所に扇風機を置いているだけである。それでも十分だと感じる不思議な魅力がある。それは、町中を大きな顔をして走り回っていた電車が、やがて自動車の前に邪魔者扱いされ、失意のうちに引退するが、晩年は時間の経過を忘れてバスの出入りを静かに見守っている様子に不思議な安堵感を感じるせいなのかもしれない。

 最後に改善が必要と感じられた点をいくつか加えておきたい。
(1)ホームページ
 同館独自のサイトは現在提供されておらず、横浜市磯子区の名所紹介もしくは個人のウェブサイトを情報源にするのみである。しかしあっさりした紹介か極めて鉄道ファンの趣味的な分析が多く、一般にはわかりにくい。
 情報更新がそれほど必要でないからウェブも不要との判断かもしれないが、それでも一般向けに施設では何が楽しめるのかの案内(電車が保存されているだけでない)や、保存車両の壁紙ダウンロードサービス(ファン対象)のように、ひょっとして有料化しても好評なサービスを付加できるだろう。とにかく、接触機会を増やすことが、入館促進にもつながるのだから。

(2)写真展示
 セピア色の時代らしいがその実は劣化しているのである。新にプリントするコストが大変ならば清掃を徹底するか、また市民やファンから新に募集する等によって、常に展示が変わっているような工夫が欲しい。「思い出の市電風景展」などは四季を通じて開催できるし、「パソコンを使った電車のコラージュ展」等で、現代の道路に電車が走っていたらどうなるかのCG画像展示を、横浜に拠点を持つ多数のパソコンメーカーとのタイアップで行う。また、ニュースや個人の8ミリに残っている市電の映像を集めてオリジナルビデオ出版にする等である。制作などは、それこそボランティアや企業タイアップで任せればいいだろう。
 車両のようなハードはそのままでも、ソフトにいつも変化があるダイナミズムを実現してもらいたい。

(3)動線
 現在設定されている見学動線は、利用者の興味とその興奮をベースに設定されているようには感じられず、機能のみでの設定のように見える。例えば、実車両を見せる場合に参照情報をどこに置くのか、それは文字なのか音声なのか等の検証がなっていない。ここのスタッフは「係員」である。つまり「コンダクター」や「ガイド」ではない。だから自由気ままに見て回れるメリットがあると考えるならば、大きな間違いである。入館者のようすを常に気遣い、必要があれば接触も必要なのだ。それでもしない、となれば、動線をそのように再検証し、「実物で見せる」「メディアで見せる」「脳内興奮を実体験に結びつける」等の戦略的空間再構成が必要になる。

(4)開館時間
 5時閉館に対して4時30分最終受付が許されるのはあまりの混雑でその程度の時間では何も楽しめないような施設に適した施策である。現状では4時45分でも問題ないだろう。それに、4時30分になると係員が来場者が存在するにも関わらず突然清掃を始めるのはどういうことか。5時が閉館であって、その後にする作業のはずである。係員が5時に帰るために開館時間が設定されているとは思いたくないのだが。その時間帯にいる入館者にとって、「早く出て行け」的なプレッシャーを与えるだろう。

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