新刊のご案内

『相互扶助のイノベーション』
失われた10年、失意の20年を受けて
混乱したマーケティングを立て直す
〜自動車販売再編期の活力向上のために〜

■事例3:明知鉄道(3)(概要版)

〜沿線・鉄道資源から“アイデア即実践”、話題づくりを徹底 高齢者用福祉施設と駅を一体化した新空間を実現


◆無人駅が高齢者複合施設に変身

東野駅(恵那市東野字庄次坊)は、恵那駅から出発して次の駅にあたる。いちばんのお得意さんは県立恵那高等学校の生徒で、同校の登校時と下校時には少々のラッシュが起きる以外は、静寂に包まれた無人駅であった。周辺は恵那市の郊外住宅地といった風情で、近年になって、田園風景が徐々に町並みに変わってきたようだ。東野駅のホームは一面一線式で、元々は貨物の取扱があったようで、昭和30年代には旅客専用駅となったようだ。このため当時は貨物用の引き込み線があり、上下列車の行き違いが可能だったようで、大きく変貌した今でも雑草に覆われた下りのホーム跡と路盤、引き込み線の痕跡が確認できた。小さな駅だが、駅前を広場化したり一部を賃貸駐車場化するなど、約520坪(1,700?)とそこそこの用地規模を残していたことが、今回の高齢者用福祉施設の建設を可能にしたのである。

明知鉄道は、少しでも増収につなげたいと、駅事務室をそろばん塾に提供する(山岡駅)、駅空間のなかに歯科に入居してもらう(阿木駅、恵那駅)といった不動産ビジネスも手掛けていた。しかし、駅そのものを再開発した今回の東野駅のような本格的な取り組みは初めての経験であった。パートナーとなった医療法人恵雄会の井口智男理事長は地元・恵那出身である。名古屋の大学病院赴任後、地元に戻って医療施設(井口ハートクリニック)や介護老人施設(「こころ」「こころの丘」)を開業していた。高齢化により年々高まる医療・福祉へのニーズを受けて、同会では恵那市内に3つめの福祉拠点施設の建設を考えていた。この話をたまたま明知鉄道が知ることになったという。東野駅駅前広場の有効利用策に悩んでいた同社にとってはビッグニュースだったことは言うまでもない。

 それから、明知鉄道が恵雄会に東野駅の土地約345坪を賃貸、恵雄会はそこに鉄骨造地上3階建の高齢者福祉施設を駅舎設備と合わせて建設、駅舎部分は明知鉄道に無償貸与し、日常の清掃管理は恵雄会が行うというビジネススキームでの合意形成が図られた。明知鉄道にとっては、毎月の賃貸料が増収となる。高齢者福祉施設を訪問する用務客や見舞客の出現も期待できる。恵雄会にすれば、駅というコミュニティの中核で、社会性の高い地域密着型の施設を運営・訴求が可能になる。しかもマイカーに鉄道と、アクセスは抜群の立地環境である。




ホームと施設を一体化



◆駅の待合所は施設のスタッフによって維持

2007年夏に「東野駅前高齢者複合施設建設」と計画が発表され、翌2008年12月に着工、2009年春のオープンに至ったのである。完成した東野駅舎と一体的に整備された高齢者複合施設は、建築面積514.85?、建築延面積1,318.44?で。1階が小規模多機能居宅介護施設「ハートホーム東野」および東野駅の待合所・トイレ・駐輪場、2階・3階が高齢者専用賃貸住宅「ハートビレッジ東野」である。予備知識がなければ、線路に沿ってきれいな3階建てのマンションが建っているように見えてしまうだろう。無人駅に変わりがないが、待合所は施設のスタッフによってクリンネスが保たれており、有人駅と言っても違和感のない雰囲気である。


それまでの無人駅が大きく変貌した
駅舎と高齢者複合福祉施設の共用は全国初と、ここでも多数のメディアに取り上げられた。

2007年の介護保険制度改正で創設された小規模多機能型居宅介護は、介護が必要な高齢者が、現在の人間関係や生活環境をできるだけ維持できるように「通い」を中心に「訪問」「泊まり」を一体的かつ24時間切れ目なく提供する介護サービスである。地域密着の考えから、利用できるのは恵那市東野、大井町の住民に限定される。「ハートホーム東野」では、これらの介護サービスに加えて、企業内託児施設機能も備えている。
高齢者専用賃貸住宅とは、「高齢者の居住の安定確保に関する法律」(高齢者住まい法)で定められた、高齢者の入居を拒まない高齢者円滑入居賃貸住宅で、専ら高齢者を賃借人とする賃貸住宅である。同所では、胃ろう・中心静脈栄養・気管切開が必要な医療依存度が高い人を入居対象としている。「ハートホーム東野」との一体的な運営により、「ハートビレッジ東野」では、医療支援や緊急時に備えての有人管理体制を実現している。部屋数は25で、完全個室でプライバシーを確保している。

◆連携して住民の合意形成に取り組む

それまで、言葉は悪いが掘っ立て小屋のような待合室と1面のホームだけで利用者も姿もまばらな静かな駅に、3階建てといえ周辺ではまだ珍しい中層の集合住宅が建設される。駅周辺の動線も多少変更される(東野駅の敷地内に限ってだが、そこが駅構内という認識はほとんど定着していないのが現実だった)。自然環境に影響が出るのではないか、改札口が数十メートル西に移動するとその分これまでより歩く距離が伸びてきつい・・・計画発表とともに、戸惑い、反対の意見も少なからず寄せられた。とにかく環境を変えることは断固反対という声もあったそうだ。地域開発では合意形成が最も難しいプロセスだが、明知鉄道は第三セクターの公益企業である。地域の支援で事業継続を訴えている。住民の声は、少数異端でも無視するわけにはいかないのである。そこで、明知鉄道では今井専務を中心に、恵雄会にも参加してもらい、反対意見には耳を傾け、納得してもらえるまで繰り返し説明を重ねたという。

東野駅に到着した恵那駅行き列車。取材終了後、この列車で恵那を後にした。今井専務をはじめ関係のみなさま、長時間お付き合いいただき、ありがとうございました。

鉄道にとって駅は、集合場所、町の象徴地域、玄関口という自負がある。また、“エキナカ”に見られるように、ビジネス上たいへん貴重なリソースが駅なのである。しかし現実はどうだろう。ローカル鉄道の駅は、名誉職のようなもので、経済集積機能の発揮は難しいことは、これまで駅舎の活用に積極的だった明知鉄道でさえ限定的だったことにも明らかである。クルマ社会が定着した地方では、駅の集積性・中心性はおいそれと発揮できない。にぎわいよりも静寂が空気を支配しつつあるわけで、東野駅前高齢者複合施設はその意味でローカル鉄道ゆえに可能になった事業とも言えよう。

一方、ビジネスの視点で考えると、集客施設機能は消失したとはいえ、鉄道駅には当地の玄関口としての名誉・伝統は残されている。当地に文化をもたらした拠点としてのステイタスが誇りで、鉄道の利用機会は極めて限られてしまった住民にとっても、駅の存在は町の質感をアピールするに必要不可欠とする認識は維持されている。

乗降だけの停留所に過ぎないが用地規模はある。施設展開を図りたいが、施設の性格から用地・環境が限られてしまう。高齢化によって利用者が減少した業態(鉄道)、高齢化が新たなニーズを掘り超した業態(高齢者福祉施設)。この両者が、双方のニーズを融合させた結果、相互扶助によってブレークスルーを実現したのが東野駅のプロジェクトなのである。



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