さて、展示車両を巡るのに、必ずしも決まった動線が設定されている様子でもないが、一応、車両展示>パネル展示のヒエラルキーが高低差で表現されている。
 路面電車の方は、横浜市電保存館と同様に、電停をセットで復元しているが、“新しすぎて”それほどリアリティがない。というのも、展示車はすべて化粧直しを済ませているため、ちょっと見でもくたびれ感がない。天井に冷房装置を載っければ、このまま広島や熊本の町を走り出しそうな雰囲気である。
 横浜で見た、動を止めた機械の静のたそがれとは全く無縁な雰囲気だ。もちろん、展示車のデザインが、当時としては(昭和13年製の1421型等)窓を広くとった、比較的垢抜けた印象を持たせるのもそう感じる要因のひとつなのであろうが・・・。

図6 保存車両の展示風景

 館内では、当時の車内を録音が、繰り返しBOSEのスピーカーから流されている。ワンマン運転手の「次は栄、栄・・・」「お降りの方はいらっしゃいませんか」などのアナウンス、チンチン、釣り鐘モーターのゴーッという加速音響、キーッと鳴くブレーキ等がずっとアイドリングされている。そのリアリティと、化粧直しを済ませた展示車両では、どうもピンと来ない。むしろミスマッチだと感じるのだけど、「音」それもドキュメントを来場者に聞かせる演出は評価したいと思う。実際に当時これらの車両あるいは路線を利用していた名古屋の方には、音だけの情報だけでも、脳の海馬を刺激する体験になるはずだ。


図7 当時の車内録音を放送



 筆者が出身地である大分県大分市を走っていた大分交通別大線の電車に乗っていたころは(中学生までだったが)、必ず運転席の後ろに座って、運転台からの風景を目をさらにして見つめていた。そのとき耳に入ってくるのは、運転手が直接制御のマスコン・レバーを回すときのガチャガチャという操作音、レールのつなぎ目の振動、そしてモーターの音。連接車の場合、接合部の幌が(とても珍しかった)こすれ合う音。目をつぶれば100%ではないが、そんな音を思い起こせる。
 実は母もこの電車で通勤していたのだが、それから30年が経過して、老いた母とこの話題をすると、彼女は「懐かしいね。あのガチャガチャって回すハンドル」とにこにこしながら、手でぐるりと円を描く。音もまた、自分史をイメージあるいは想起させる重要なアプローチ方法なのである。

 展示車両を説明するプレートには、その製造のエピソードや機構的特徴に加え、当時の時代事情の解説もある。その車両がいつごろ、どんな状況で作られたのかが興味深い。つまり、時代状況を客観的に把握しながら都市交通の花形だった路面電車への時代性の投影を把握できる。
 こうした情報参照は、佐久間レールパークにも見られたのだが、東海地方の?得意技でもないだろうけど、ぜひ真似すべき手法であろう。

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